大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第二小法廷 昭和58年(オ)548号 判決

上告人

株式会社 初穂

右代表者代表取締役

豊島幹男

右訴訟代理人弁護士

若梅明

被上告人

山根智恵子

右訴訟代理人弁護士

村田寿男

主文

一  原判決中、上告人に対し、金二二八万円及びこれに対する昭和五五年九月九日以降完済まで年六分の割合による金員を超えて金員の支払を命じた部分を破棄する。

被上告人の右破棄した部分の請求を棄却する。

二  上告人のその余の上告を棄却する。

三  訴訟の総費用は、これを四分し、その一を上告人の負担とし、その余を被上告人の負担とする。

理由

上告代理人若梅明の上告理由について

一原審が適法に確定した事実関係は、次のとおりである。

1  上告人は、不動産の売買、建築請負等を業とする会社であるところ、被上告人は上告人との間において、昭和五四年六月二三日、原判決添付物件目録記載の土地、建物(以下、「本件土地、建物」という。)につき、上告人を売主、被上告人を買主とし、代金一四八〇万円、手付金八〇万円、建物竣功予定日昭和五五年六月末日、売買代金の支払と同時に上告人は被上告人に対し本件土地、建物を引き渡し、本件土地については所有権移転登記手続を、本件建物については所有権保存登記手続をする旨の売買契約(以下「本件売買契約」という。)を締結し、右契約成立の日に被上告人から上告人に対し、右約定の手付金八〇万円が支払われた。

2  本件売買契約につき作成された契約書には、一四条として「甲(上告人)乙(被上告人)の何れたるを問わず当事者の一方が本契約の条項に違背したときは、各々其の違約したる相手方に対し、催告の後本契約を解除することができる。」、一五条一項として「前条による契約の解除が甲(上告人)の義務不履行に基づくときは、甲(上告人)は、既に受領済の金員、並びに違約金として第一条に定める売買代金の壱割に相当する金員を乙(被上告人)に支払うものとする。」との約定(以下「本件約定」という。)が記載されている。

3  本件土地、建物は、マンションのうちの一戸とその敷地の共有持分であって、同一棟の他の区画と同時に分譲されたものであるが、他の区画に比して床面積(坪)当たりの価格が低く、上告人としては、本件土地、建物を目玉商品として、特に自社と親密な取引関係にある顧客又は自社の従業員に販売する考えであったところ、本件売買契約は、被上告人が上告人の従業員であったため、従業員に対する優遇措置の趣旨で、一般の顧客と異なり八〇万円の手付金のほかに中間金の定めなく、表示された分譲価額から更に六〇万円を値引きする等被上告人にとって有利な契約内容であった。

4  ところが、被上告人が昭和五五年二月二〇日退職により上告人の従業員たる地位を失ったため、上告人は、同年五月三〇日、本件土地、建物を訴外株式会社三武に対し、代金一九五〇万円で売り渡し、同訴外会社は同日更にこれを訴外長谷川浩通に転売し、同年七月一日に同訴外人を権利者として、本件建物については所有権保存登記、本件土地については共有持分移転登記がそれぞれ経由された。

二原審は、右事実関係に基づいて、次のような判断を示し、前記契約書一五条の準用を認め上告人に対し被上告人から受領した手付金八〇万円と売買代金の一割に相当する予定損害賠償金一四八万円との合計二二八万円及びこれに対する本件履行不能の翌日である昭和五五年七月二日から完済まで商事法定利率年六分の割合による金員の支払を命じた第一審判決を被上告人の控訴に基づいて変更し、上告人に対し、五五〇万円とこれに対する同年九月九日から完済まで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を命じ、更に上告人の控訴を棄却した。

1  上告人の被上告人に対する本件売買契約上の所有権移転義務は、上告人が同年五月三〇日訴外株式会社三武に対し本件土地、建物を代金一九五〇万円で売り渡し、同年七月一日その転売先である訴外長谷川に対し本件建物につき所有権保存登記、本件土地につき共有持分移転登記を了したことによって、上告人の責に帰すべき事由により履行不能に帰し、右履行不能時における本件土地、建物の時価は右売買代金額を下らず、右の額が被上告人に生じた損害ということができる。

2  上告人が損害賠償額の予定に関する約定として主張する前記契約書一五条一項の定め(本件約定)は、買主が売主の債務不履行を原因として契約を解除した場合について、原状回復以外に売主の賠償すべき損害の額を定めたものであるが、被上告人において本件契約を解除することなく、本来の給付に代わる填補賠償額を請求する本件においては、その賠償額の算定につき右契約書一五条一項の本件約定を適用又は準用する余地はないものというべきである。

3  よって、被上告人の本訴請求は、前記填補賠償額一九五〇万円から被上告人が支払義務を負う残代金一四〇〇万円を控除した残金五五〇万円と本件訴状送達の翌日である昭和五五年九月九日から完済まで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で認容し、その余は、失当として棄却すべきである。

三しかしながら、原審の右1の判断は首肯できるが、2、3の判断はにわかにこれを是認することができない。その理由は次のとおりである。

本件売買契約の約定をみるに、本件売買契約書中には、本件約定として、売主(上告人)の義務不履行により契約が解除された場合における買主(被上告人)の請求しうる原状回復と違約金の定めがあり、右違約金の定めは、損害賠償額の予定と解されるが、(一) 原審の確定したところによると、本件約定は、売主(上告人)の債務不履行により買主(被上告人)のする損害賠償請求について、その賠償額算定の争いを避けようとした趣旨であることが明らかであり、(二) 売主(上告人)の責に帰すべき事由によって履行不能を生じたときは、買主(被上告人)の請求権は、解除をしなくても填補賠償請求権に変じ、その額から自己の残債務額を相殺の法理によって差し引いた額の損害賠償を求めることができるのに対し、解除した場合には、填補賠償額から解除により義務を免れた約定の売買代金を損益相殺の法理によって控除した額に原状回復すべき額を加えた額の請求をすることができることになり、解除をする買主(被上告人)の負担する債務が金銭である本件のような場合には、解除をしないで填補賠償を請求する場合と解除をして請求する場合との間において、買主(被上告人)が請求しうる額に差異はなく、これらの点に照らすと、本件売買契約における本件約定の趣旨には、契約を解除することなく本来の給付に代わる填補賠償を請求する場合も含まれるものと解するのが相当である。

四したがって、以上と異なり、契約を解除することなく本来の給付に代わる填補賠償を請求する場合には本件約定を適用する余地はないとした原審の判断には、契約の解釈を誤った違法があるものといわざるをえず、右違法が判決の結論に影響を及ぼすことは明らかであるから、この違法をいう論旨は理由がある。そして原審の適法に確定した前記事実関係に照らすと、右説示に徴し、被上告人の本訴請求は、上告人に対し、被上告人から受領した手付金八〇万円と売買代金の一割に相当する予定損害賠償金一四八万円との合計金二二八万円及びこれに対する訴状送達の翌日である昭和五五年九月九日から完済まで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める限度でこれを認容し、その余を失当として棄却すべきであるから、原判決中、上告人に対し金二二八万円及びこれに対する昭和五五年九月九日以降完済まで年六分の割合による金員を超えて金員の支払を命じた部分を破棄し、被上告人の同部分の請求を棄却し、その余の本件上告を棄却すべきである。

よって、民訴法四〇八条、三九六条、三八六条、三八四条、九六条、九二条本分、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官藤島昭 裁判官牧圭次 裁判官島谷六郎 裁判官香川保一 裁判官奥野久之)

上告代理人若梅明の上告理由

一、控訴審判決は、本件売買契約につき同契約書第一四条第一五条第一項に於いて賠償額の予定が為されていることを認めながら、この効力は填補賠償を請求する場合には及ばないとの解釈を示した。

しかし、本件マンションの如き双務契約における損害賠償の予定は両債務の清算勘定を賠償し債務関係を終結させるためになされたものである。従って、この効力は填補賠償を請求する場合にも適用が有り上告人には、被上告人に対し前記第一五条一項に於いて定められた賠償額の予定額以上のものを支払う義務がないものである。

従って、控訴審判決は民法第四二〇条第二項の解釈適用を誤ったものである。

二、そもそも、被上告人は、昭和五四年三月五日営業社員として上告人会社に入社し、販売に従事していたが社外での所在がつかめないことが多く、営業成績も不良であったため上告人会社は昭和五四年一〇月頃から社内の業務関係の仕事に配置替をした。

しかし、被上告人はその後も遅刻が多く上司の注意には全くうわのそらであり勤務成績も極めて悪く、昭和五五年一、二月頃は欠勤が多く、同年二月二〇日には自ら退社届を出し出社しないという有様である。

又本件マンションは、被上告人が上告人会社の社員であったことから極めて割安に契約された。本件差額金とされるものは物価上昇によるものなのではないのである。

一年たつかたたないかで金四七〇万円もの値段の上昇があるはずがない。この差額金を被上告人に帰属させることは極めて不当である。しかも、被上告人が実質支払ったのは金八〇万円のみである。正に暴利行為というべきである。

更に、本件マンションを被上告人が他に転売したとすれば当然、不動産会社等に対する仲介料宣伝費もかなり多額に支払わなければらず、差額金をそのまま取得できるはずがない。

従って、本件契約の賠償金を定めるにも充分これらの点を当事者双方に公平に勘案すべきであり、然りとすれば第一審判決の解釈のように信義則に従い、填補賠償を請求する場合にも本件契約書第一五条第一項が適用されるべきものである。控訴審判決はこの信義則の適用を誤っているものである。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例